雲原・仏谷の「初仕事」に見る、地域を支える力

先日、雲原の一集落である仏谷地区の新区長さんが、Facebookに「初仕事」の様子を投稿されていました。
写真(Facebookから転載)には、山の中の溝掃除や重機を使った作業、ぬかるみの中で力を合わせる人たちの姿が写っており、春先の共同作業の大変さと頼もしさが、そのまま伝わってきました。

仏谷は、雲原の中でも鬼そば屋のある集落として知られ、飛鳥時代の伝承が残る土地でもあります。
聖徳太子の異母弟・麻呂子親王が七体の仏さまを切り出したと伝わる巨石「仏岩」がある谷として、今も語り継がれています。
そんな歴史を持つ仏谷で、毎年この時期に行われるのが「初仕事」です。

今年は、山の中の溝掃除、区会場の建て付け直し、神社の掃除、山頂登山による御神酒のお供えなど、四班に分かれて作業が行われたとのことです。
ほぼ各戸総出で、各所とも三時間半ほど。
春の一日としてはなかなかの重労働ですが、こういう仕事を誰かがきちんとやるからこそ、集落の暮らしは保たれています。

中でも山の溝掃除は数年ぶりで、六人が本気を出して重機を投入し、一気にきれいにされたとのことです。
人の手だけでは追いつかないところは機械の力も借りながら、地域の暮らしを支える場所を整えていく。山あいの集落では、こういう仕事こそが土台です。


そして、こんな重機が投入できるのも雲原の力なのです。人がいる、動ける人がいる、機械を出せる、段取りができる。口で言うのは簡単ですが、実際にはそれだけの蓄積がないとできません。地域の仕事を気持ちだけで終わらせず、必要な時には必要な力をきちんと出せるところに、雲原の底力があります。

そして今回あらためて感じたのは、この投稿をされた新区長さんが、仏谷の名物「鬼そば屋」の七代目店主でもあるということです。
つまり、ここに出ている時間は店には立てない、ということです。
地域の仕事に出るというのは、空いた時間に少し顔を出すという話ではなく、自分の生業の時間を削ってでも集落の仕事を担うということです。
店を開ければ売上になりますが、溝掃除をしても売上にはなりません。それでも誰かがやらなければ、水はあふれ、道は傷み、地域の暮らしそのものが立ち行かなくなる。そこに、集落仕事の厳しさと重みがあります。

投稿の中には、寄り合いや宴会は楽しみでもあるが、言い合いや問題が起こることもあり、明るいことばかりではない、という率直な思いも綴られていました。
それでも、「寄り合いで言い合えるから、後腐れなく普段つきあえる」という言葉には、地域の現実がよく表れているように思います。

地域づくりは、きれいごとだけでは続きません。
意見がぶつかるのは当たり前です。
むしろ、何も言わなくなった時の方が危ない。
言い合っても、また一緒に泥に入り、また一緒に作業し、また普段どおり顔を合わせて暮らしていける。その関係が残っていること自体が、地域の力なのだと思います。

新区長さんは、「私のような不完全な区長でも、支えてくださるみなさまです」とも記しておられました。
背伸びをしない、正直な言葉です。
区長ひとりで地域は回りません。
店主ひとりで店も続きません。
支える人がいて、動く人がいて、時にはぶつかりながらも見捨てずに付き合う人がいる。だから集落は持ちこたえます。

雲原にも、こうした目立たないけれど欠かせない仕事がたくさんあります。
溝掃除、道の手入れ、神社や集会所の維持、山や水回りの管理。
やっても大きく褒められることは少ないですが、やらなければすぐに傷みます。山は待ってくれませんし、水も容赦しません。放っておけば、そのまま暮らしにはね返ってきます。

だからこそ、仏谷の「初仕事」は、単なる春の作業日ではなく、この土地で今年も暮らしていくための大事な節目なのだと思います。
店を休んででも出る人がいる。
泥に入ってでも支える人がいる。
必要な時には重機も出せる。
そういう積み重ねがあるから、仏谷も、雲原も、地域として何とか立っていられるのだと思います。

仏谷地区のみなさん、初仕事お疲れ様でした。
春の光の中で、地域を支える仕事の重みと、雲原の底力をあらためて感じました。

いい春です。

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