【龍雲寺】忠霊塔の清掃作業から見えた平和への祈りと、驚きの地域ヒストリー

Published on

in

, ,

奇跡的な天候と、地域の方々の協力

令和8年7月5日(日)の午前7時20分から8時20分にかけて、龍雲寺にある「忠霊塔」の清掃作業が行われました。今回は寺谷区が受け持ちとなり、11名で作業を実施しました 。

当日は天候が心配されていましたが、奇跡的に作業時間帯だけは雨が降らず、終了した途端に雨が降り出しました。「区長さんの日頃の行いの良さのおかげだろう」と話題になりました 。

雨上がりで草がへばりついて作業は難航

また、現場は急斜面での大変な作業ですが、当日参加できない中村さんが前日に作業を済ませてくださっていたおかげで、土手はすっかり綺麗になっていました 。

慰霊の念と、これからの維持管理

この清掃活動は、戦死された皆様に哀悼の誠を捧げ、「二度とあのような過ちを犯してはならない」と参加者全員で心に誓い合う大切な機会です 。

綺麗になっていく様子を見ながら、「彫ってある名前が綺麗に読めるように、一度石碑を洗ってあげたい」という温かい声も上がりました 。また、清掃中には以前竹で作られていた線香立てがボロボロに崩壊しているのが見つかり 、お盆の時期に間に合うように、新しく竹で作ることになりました 。

作業中の対話から飛び出したディープなエピソード
作業中は、和尚様による「シャリライモン(舎利礼文)」というお経が響き渡りました 。また、参加者の雑談からは、地域の歴史や驚くべき事実が次々と飛び出しました。

すべて手作業!巨大な石碑と石工・神取(カントリ)さん

この大きくそびえ立つ忠霊塔の石碑は、寺谷の市道の突き当たりにある竹やぶ付近から採掘されたものです。

綺麗になった忠霊塔

重機など存在しない時代のこと。すべて人力の手作業で巨大な石を切り出し、現在民家が建っている地点までトロッコで持ち出してから細工を施し、出来上がったものを現在の場所に収めたそうです。

ここで細工されたようです。残った石がいまも積んであります。

その加工を手掛けたのは、「神取さん」という石工職人です 。神取さんは、雲原砂防の石積み工事を担当するためにこの地に移住してこられ、最終的にこの雲原で亡くなり、お墓も残っているそうです 。昔は人力や線路を敷いたトロッコを使って巨大な石を運び出しており、その過酷な作業には朝鮮の人々も関わっていたという歴史的な背景も語り継がれています 。

和尚様が語るビルマ慰霊の旅と、平和への切実な思い

さらに話題は海外へと広がり、和尚様から自ら足を運ばれたというビルマ(ミャンマー)の慰霊塔に関する貴重な体験談が語られました 。

現地でのエピソードはまるで探検記のようで、道に迷いながらたどり着いた深いジャングルの中に、かつての日本の病院や寺の跡地のような建物が残っていたそうです 。

そのお話を聞き、「こんな場所での戦闘はどれほど過酷であったろうか」と感じるとともに、世界には今なお何よりも尊い命を失う戦争が行われている現状を想い、「今の日本が平和であって本当によかった」と、参加者一同で平和の尊さを改めて実感する、深く考えさせられる時間となりました 。

おわりに

約1時間の清掃作業でしたが、見違えるように綺麗になった忠霊塔を前にして、地域の絆の強さを実感する素晴らしい時間となりました。慰霊という本来の目的に加え、雲原の深い歴史的な取り組みであったことを今後も大切に語り継いでいきたいですね。

コメントを残す



← 戻る

ご回答をありがとうございました。 ✨

雲原村総合案内所をもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む